aikoについて

aiko(あいこ、1975年11月22日 - )は日本の女性シンガー・ソングライター。ラジオ番組のDJ等の活動を経て、1998年『あした』でデビュー。「カブトムシ」「花火」「ボーイフレンド」「キラキラ」など多数のヒット曲を発表している。通常の表記は「aiko」だが、作詞・作曲の欄は「AIKO」である。これはJASRACに申請する際、誤って申請した為。公式ファンクラブ名は「BABY PEENATS」。

aiko(あいこ、1975年11月22日 - )は日本の女性シンガー・ソングライター。ラジオ番組のDJ等の活動を経て、1998年『あした』でデビュー。「カブトムシ」「花火」「ボーイフレンド」「キラキラ」など多数のヒット曲を発表している。通常の表記は「aiko」だが、作詞・作曲の欄は「AIKO」である。これはJASRACに申請する際、誤って申請した為。公式ファンクラブ名は「BABY PEENATS」。
1975年11月22日、大阪府吹田市で誕生。小学生高学年の頃から家庭の事情で親戚の家で暮らすようになるが、両親は離婚していない。この時から歌手を目指すようになる。中学生の頃、父の友人である円広志は、歌手になりたいaikoを「苦労するから辞めておけ」と反対していた。高校生の頃からはピアノを使用し、作曲を始める。また、高校卒業までは友人と共にバンド活動を行っていた。
1995年、19歳の時に出場したコンテストで、初めて自分で作詞・作曲した曲「アイツを振り向かせる方法」を披露し、グランプリを獲得した。その際のタイトルは「アイツをふりむかせる方法」であった。なお、この曲は2000年に発売された「桜の時」に収録されている。短期大学在学中には友人と共に『ドーテイオムニバスCD Vol.1』を共同自主制作し発売。
1996年、4月からfm osaka『COUNTDOWN KANSAI TOP40』のパーソナリティとなり、以降、3つ番組のパーソナリティを務める。また、出場したコンテスト「The 5th MUSIC QUEST JAPAN FINAL」では椎名林檎らと共に優秀賞を受賞。その為、椎名林檎とは現在も交友がある。

1997年、コンテストに出場していたaikoに目を付けたポニーキャニオンの音楽プロデューサーから連絡が入り、12月20日にインディーズ1stアルバム『astral box』発売。1998年にはインディーズ1stシングル「ハチミツ」、インディーズ2ndアルバム『GIRLIE』を発売。4月、aikoのもとに映画主題歌の話が入り、メジャーデビューの話が進む。
1998年、7月に1stシングル「あした」でデビュー。映画『新生 トイレの花子さん』の主題歌に起用されるなど、関西のFMラジオを中心に話題を集める。初となるワンマンライブ『LOVE LIKE POP!』を江坂ブーミンホールにて開催。
1999年、3rdシングル「花火」がヒットし、長期に渡り、オリコンチャートにランクイン。また、この曲でミュージックステーションの初出場も果たし、全国区の注目の存在となる。
2000年、2ndアルバム『桜の木の下』が週間オリコンチャートで1位を獲得。累計売上も150万枚を超える大ヒットとなり、日本ゴールドディスク大賞ロック・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。同年リリースの「ボーイフレンド」も約50万枚以上を売り上げ、『第51回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たす。
2001年、『夏服』が2作連続となるミリオンヒットを記録するなどし、前作に続き日本ゴールドディスク大賞ロック・アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。[4]7月からはコンサートツアー『LOVE LIKE POP Vol.6』がスタート。しかし、福岡公演の際、喉を痛める。後に声帯結節急性咽頭気管炎と診断され、公演の一部は延期したが、完治後、追加公演を行い、無事ツアーを終了させる。
2003年、aiko本人初出演のCM、グリコ『カフェオーレ』が全国でオンエアされる。九州限定版(宮崎・鹿児島県)と全国版が制作され、CMソングは「蝶々結び」、「アンドロメダ」。10月には青山学院大学にて約4年ぶりとなる学園祭ライブを行った。
2005年、「キラキラ」がテレビドラマ『がんばっていきまっしょい』の主題歌となる。アーティストブック『aiko bon』がソニーマガジンズより発売。今まで語られることの少なかった、生い立ちやデビューまでの経緯が綴られている。また、1年に1度行われる、オリコンの「音楽ファン2万人が選ぶ好きなアーティストランキング」では1位を獲得。(翌年2006年も1位だった。)