月白く
やむをえず、山に住むことを強いられて生きた日、私を収敏させ、または解放してくれたのは海への旅であり、また「みずうみ」への旅でもありました。
人間関係に苦しみつづけていた日の湖への旅のうた。
原作身に沁みて秋はゆらぎ来気力なく迷ひゐる日の幾日つづけば
推敲身に沁みてくる透明のゆらぎありただ消極に入る秋にして
・・・原作がただちに、推敲歌のようになったのではなく、いく日も、いく日も、ノートを鉛筆でかき直し、よごしつくした果てにこのような形に納まったのでした。
迷いの多い内部は、つねに消極的でした。
それを決してこころよいとは思わなかったけれど、秋の椎木が、みんな葉をおとして裸木になって季のうつりをつたえる湖辺の様子を見ていると、私には、この消極性が、いたくかしこく、透明に見えてくるのでした。
迷って低回している自分への、それはやさしいいたわりのようにも見えました。
みずうみは、私をいたく冷静に誘ってくれた。
すると「気力なく迷ひゐる日の幾日つづけば」が何とも冗長な言いわけめいて考えられてくるのでした。
整理すべきでした。
「ただ消極に入る秋にして」で、私は、やっとわが本心を表現しえたような夜をもったのです。