深海底の第三の生命圏 3

どれもこれも、地球上ではまったくはじめてお目にかかる生物ばかりだったというのです。


科学者たちが注目したのは、生物もさることながら、熱水から生じた鉄、銅、鉛、亜鉛、銀などの鉱物を含んだ広大な鉱脈でした。


・・・つまり大陸の地下に発見される金属鉱脈が、そこでは海底の中にむき出しになって、現在できつつある進行形の状態になっているというのです。


近ごろ問題になっている海底資源の中で、太平洋の海底にマンガン団塊と呼ばれる金属、鉱物のかたまりがころげているのを採取して、鉱物資源にしようともくろんでいるのですが・・・


アメリカではそんなものよりも、熱水の湧いているところに生じた鉱脈を探す方が、はるかに有望だというのです。


アルビン号が最初に調査したガラパゴス諸島沖の例では、深さ2600メートルの海底に、高さ30メートル余りの煙突のような形の噴出口があって、その周囲に金属硫化物のつみ重なりが幅200メートル、長さ1キロにわたってつづいているのが認められています。


ハッキリ確認しただけでも2000万から4000万トンの豊富な鉱石が存在しているといいます。


・・・とにかく海底の表面から見ただけでそのくらいわかるのですから、もっと巨大な鉱脈、鉱床がかくされていることは間違いないといいます。


採集した資料を分析してみると、鉄43パーセント、銅11パーセント、亜鉛0・8パーセント、モリブデン0・03パーセント、他に微量の銀も含まれていることがわかりました。


深海底の第三の生命圏 2

ところが、アルビン号が潜ったところは、大ちがい。


・・・まるで深海底のオアシスのような場所でした。


そこはいってみれば、太平洋海底のさけ目のような所で、プレート・テクトニクス理論によれば、海底からプレートが湧き上ってくるような部分・・・


さけ目の各処から熱水と呼ばれる高い温度の鉱液が・まるで噴水のように噴出しています。


熱水の温度は350度Cにも達していて、地上へ出てくれば、ガス状になる筈のものが、深海の高い水圧(300気圧)で押えられて、液状のまま沸騰し、いろいろな鉱物や元素を溶かしこんだ状態で海水に交じり合うのです。


熱水は海水に冷やされるため、さまざまな鉱物が出ています。


本来ならば3度Cから4度Cという冷たい海水が、そこではかなり暖められ、海水も熱水中の元素と反応して、栄義豊富な状態となっています。


こうして3000メートルの深海底に、陸上、水中と2つの生物圏とはまったく異った、第三の生物のライフ・サイクルが構成されているのです。


アルビン号が海底で撮影した写真には、2・5メートルの長大なパイプの中に住んでいる正体不明の紐のような生物(おそらく巨大な紐虫かミミズに近いもの)、殻の長さが20センチもあるニ枚貝、毛虫のような環形動物、カニ、クラゲ、インギンチャク・・・


そしてソコダラに似た魚などが、熱水噴出口の周囲にうじゃうじゃ棲息しているのが確認されました。


深海底の第三の生命圏

深海の底に発見された生物圏は、別な面でも非常に注目されています。


・・・それは、日本近海にもそのようなものが見つかる筈だということ。


そしておそらく、豊富な鉱物資源を提供してくれるだろうといいます。


もっとも3000から4000メートルの深海の話で、日本の深海探査船「しんかい」の潜水限度が2000メートルなのですから、もう少し頑.張らなくてはダメなのです。


アメリカ海軍と全米科学財団が協力して製作した深海潜水艇アルビン号は、まったくよくできた探査船です。


乗員は2人、CCDカメラと称する特殊カメラにテレビカメラ、マジックハンド、海水採取器、海泥採取器、といった各種の測定器や装置を積載したいたれりつくせりのもの・・・。


6000メートルまで潜水可能で、これが1979年1月、ガラパゴス島の近くにある海溝にもぐり、つづいてカプォルニア沖の3000メートル近い海底の調査を行いました。


今までの深海調査の記録を見ると、1000メートルよりも深い海というのは、ヘナヘナの甲殻類やインギンチャク、海綿の類がごくまばらに棲息している程度で、海藻類はほとんどなく・・・


まったくの例外として、アメリカ海軍のバチスカーフ、トリエステ号がマリアナ海溝で15000メートルの大潜水を行った時、奇妙なウナギのできそこないのような魚がいたのを認めたぐらい・・・


とにかく、そうした海底では、マリン・スノウと呼ばれる軟泥が堆積して、砂漠のような光景が見えるだけでした。


国際農産物市場と日本農業の国境調整 3

このように食料農産物が国内消費優先体制をとっていることは、貿易量の変動がそれだけ大きいことをも意味しています。


第二に、食料農産物貿易の基本的方向がいわゆる熱帯産品を別とすれば一先進国から低開発国へ、北から南へと動いていることです。


第二次大戦後におけるこうした農産物貿易の流れは、前世紀とは完全に逆です。


19世紀中葉の自由主義段階ではイギリスを軸とする国際的農工分業体制が構築され、工業製品は中心国であるイギリスから周辺国へ、農産物は周辺国から中心国であるイギリスへという世界貿易の流れが定着していたのに対して、戦後はそれが逆転してしまったのです。


こうした農産物貿易の構造変化を規定したのは次のような各国の国内事情です。


まず、先進国では農業保護の強化と農業生産性の継続的上昇により、供給が消費を上回る傾向が強まっています。


他方、低開発国では人口の増加・国民の消費レベルの上昇に生産の増加が追いつかず、慢性的な食料不足の状況におかれています。


国別・作物別の差をふくみながらも、全体としてみた場合、北はますます強く輸出に、南は逆にますます強く輸入に傾斜する方向に、現代の農産物貿易は動いているのです。

国際農産物市場と日本農業の国境調整 2

後者が経済の発展に応じて各国の産業構成、主要輸出国、貿易品目構成をたえずダイナミックに変化させてきているのに対して、農産物貿易の場合にはそうした変化は微弱であり、輸出国・輸出品目とも比較的安定しています。


そうしたなかで、一般に工業製品と比べた場合の農産物貿易の特徴として指摘されるのは次の諸点です。


第一に、世界の農業総生産量に占める農産物貿易の比率が、概していちじるしく低いことです。


主要農産物について生産量に占める輸出量の割合をみたものがあります。


品目によっても異なりますが、これを見ると、比較的輸出比率の高い大豆・小麦で2~3割、大麦・とうもろこし・オレンジなどでは1割強、牛肉・豚肉・米にいたっては僅か数%でしかないことがわかります。


そのことは、逆にいえばこれら食料農産物の圧倒的部分は国内自給にすぎないことを物語っています。


食料農産物はまず国内消費を優先させ、それをみたしたうえで残りの部分が輸出にあてられるという構造となっているのです。


それは食料が生活必需品である以上、当然のことです。

日本人が英文を書くと…

ランス・モロー氏は、前者のほうである。

以前ソファー ベッドでくつろぎながら会話していたときのこと。

「ランス、君の文章は、まず最初にメッセージを書くね」と言うと、「そりゃ気がつかなかった」と答えたので、私のほうが驚いた。

彼は、自然にそうなってしまっているのである。

このパラグラフとパラグラフを結びつけることがオーガニゼーションと呼ばれ、日本人の苦手とするところである。

英語を勉強して外国で論文を書かされている日本人の数人にインタビューしたが、

「どうもわれわれのエッセーはprosaicと呼ばれます。それに構築が悪いとなると、読んでもらえないんです」

とこぼしている。

prosaicとは、内容的にくだらない、という意味である。

具体性に欠けるということであろう。

データでもって論証せねば、相手を知的に説得できない。

そのためには、パラグラフというコンクリート・ブロックを高く積み上げねばならないのである。

国際農産物市場と日本農業の国境調整

問題を率直に国民に投げかけるなかで、早急にその合意形成を図る必要があります。


では次に、国際農産物市場の構造と特質農産物貿易の特質についてみていきましょう。


現在、ガットで争われているのは農産物貿易の完全自由化は是か非かという、きわめて根元的な問題です。


国際農産物市場のあり方をめぐって、アメリカは自由化による市場原理の貫徹を主張し、EC・日本はこれに反対し一定の「管理」、「秩序」を要求しています。


・・・とするならば、一体現実の国際農産物市場はどうなっているのでしょうか。


世界の農産物貿易はどのような構造をもち、そこでの価格・数量はどのように動いているのでしょうか。


それは工業製品の貿易と比べてどこがどのように異なり、どのような特徴をもっているのでしょうか。


ガットでの議論の意義と限界を考えるためにも、わたしたちはまずそうした世界農産物市場の基本的構造と特質を客観的に明らかにしておく必要があります。


一般に農産物の貿易は工業製品の貿易とはかなり異なった形態をとってあらわれてくるものです。

農業生産と農家経済 2

自民党・社会党などの諸政党も異口同音に米の完全輸入禁止を叫ぶだけで、それがガットにおいてどのように可能なのかという具体的方法論についての言及がありません。


さらにつきつめていえば、衆参両院における米の輸入禁止決議と、ガットにおける日本の農業保護削減提案との間に、そもそもいかなる整合性があるのかということも考えてはいません。


内は内、外は外という論法では、この問題は支えきれないのです。


こうした事態に直面して、いま必要なことは事態を国民に正確に知らしめ、これについての国民的運動を盛り上げていくことでしょう。


これはけっして、ひとり農業・農民だけの問題ではありません。


90年2月のガット民間人会議が「すべての国々は・・・自らが適当と考える食料自給と、食料の品質との水準を達成する」とその宣言でうたっているのは、きわめて当然のことです。


食料の安全保障という問題は、まさにそうした国民的合意の下に成り立つものであるし、またそうでなければ交渉上の力となりえないでしょう。

農業生産と農家経済

仮に米価・乳価などの農産物価格水準が直接的にか、あるいは財政経費を通じて間接的にガットでバインドされ、それが段階的に削減されていくということになれば・・・


日本の農業政策の全体系は根本的にゆらぐことになるし、農業生産・農家経済にも深刻な影響がおよぶことは確実です。


それは日本の農政にとっても、農家にとってもまた画期的な変化です。


ガットによる国内農業政策のバインドとは、そうした重大な変革を意味しているのです。


・・・以上にもかかわらず、日本国内でのガット問題について関心はいま一つ盛り上がりに欠けています。


それは、これについての情報が決定的に不足し、政府がもっぱら「知らしめるべからず、依らしむるべし」という態度を貫いているからです。


こと国内問題についてはきわめて敏感な農業団体も、国際問題についてはほぼ完全に政府任せであり、これについて積極的な提言、行動を行なおうとはしていません。


問題の深刻さが正確に理解されていないのです。

月白く 4

時雨する枯くさの中に犬をりて傷なめてゐる石のかたへに


見たままの風景を、とりあえずノートにかきつけたけれど、これは時たって見ると何とも浅薄な視覚的なものにとどまった歌に思えてきました。


・・・まこと、その通りでした。


何としても「石のかたへに」が気になって引きしまらず、また「枯くさの中に」と位置を示す表現が二ところにあることも気になりました。


いく時かたつと、私がこの歌を作るべく心を動かしたのは、犬がみずから、みずからの傷を癒す術として、たくましい生き方をしていることへの「生」の感動でした。


その叡智に似たものでもありました。


そこで、もう一度この一首を構成しなおすことにして、


傷甜めてゐるけだものも濡れてをり時雨してかの石もぬれゐる


・・・となったのです。


犬もぬれ、枯くさもぬれ、そしてその犬のいたであろうかたわらの石もぬれています。


秋から冬にかけて荒涼と変っていく草はらの、とらえどころないしぐれの風景がここにひろがりはじめたように思いました。


こせこせと「石のかたへに」などせずに、「時雨してかの石もぬれゐる」という冷えびえとしたものの流動性を、私は一応は表現しえたように感じて、この一首を落ちつけたのです。


風景は、私の心の風景そのものだ、ということを私はこの頃から信じてきたようです。