月白く 3

私は夜のみずうみを更けるまで窓にたって見ながら、何という、冷徹な夜なのか、何という大きい自然のしずまりなのか、と骨がきしむほど身を引きしめていました。


みずうみを夜更けまで見ていたのは、このひろい旅の宿で私ひとりであったでしょう。


この大きい、きびしい原始林にかこまれた、ずしんと身にひびくような湖も、そして光る白い月も、私一人のためにあるようにさえ感じられるのでした。


私はこの湖の旅をしたために、自然というものは無言で私にささやいてくれる大きい力をもっているものだ、ということを考えるゆとりをもちえたのでした。


山の秋は迅速です。


曇りがかげを置くような日は、すぐしぐれが襲います。


迷い多く生きるものにとって、それは季節のきびしい鞭にもかわります。


私は山のしぐれをきくたびに、あ二、また一冬の籠りの日が、いや応なしにやってくるという思いに閉ざされます。


そのような日、野に出ると、枯くさ原で犬がしきりにわが傷を甜めている風景に出逢いました。


このたくましいけだものの習性を見ていると、人間のこわれやすく、癒えがたい心の傷を苛立たしい程なさけなく思うのでした。

月白く 2

原作 細き月かかりし夜のみつうみよわがたつ窓にゆるるみつうみ


推敲 牙がたに欠けたる月の白き夜わがために光るごときみつうみ


みずうみは、冷徹に光りを縮めている顔でした。暗いのではありません。


だといって明るいのではなかった。


窓にたって夜空と、この何とも得体のつかめぬ湖とを見ていると、私は詠嘆というものが、力なく消えてしまいそうなたよりなさを覚えるのでした。


「細き月」も陳腐に思えたし、「みつうみよ」という感嘆もどこか軽々しいものに思えてきました。


どのように細いのか、という追求がなされると、私は自分のものの見方の浅薄さがいやになりました。


しかし、湖を見て、わが思いを乱していきたい旅の夜、心という抽象を何らかの方法をもって納得いく言葉にしたい、という要求も課せられてきたのです。


「細き月」は「牙がた」になりました。


そして、それは何ゆえに牙がたになったのか、を思いつめていた結果として、「欠けたる」ゆえであることに気づいたのです。


・・・それは至極当然のことであったのに、私の惰性が、歌への馴れが「細き月」で満足しようとしていたのです。

月白く

やむをえず、山に住むことを強いられて生きた日、私を収敏させ、または解放してくれたのは海への旅であり、また「みずうみ」への旅でもありました。


人間関係に苦しみつづけていた日の湖への旅のうた。


原作身に沁みて秋はゆらぎ来気力なく迷ひゐる日の幾日つづけば


推敲身に沁みてくる透明のゆらぎありただ消極に入る秋にして


・・・原作がただちに、推敲歌のようになったのではなく、いく日も、いく日も、ノートを鉛筆でかき直し、よごしつくした果てにこのような形に納まったのでした。


迷いの多い内部は、つねに消極的でした。


それを決してこころよいとは思わなかったけれど、秋の椎木が、みんな葉をおとして裸木になって季のうつりをつたえる湖辺の様子を見ていると、私には、この消極性が、いたくかしこく、透明に見えてくるのでした。


迷って低回している自分への、それはやさしいいたわりのようにも見えました。


みずうみは、私をいたく冷静に誘ってくれた。


すると「気力なく迷ひゐる日の幾日つづけば」が何とも冗長な言いわけめいて考えられてくるのでした。


整理すべきでした。


「ただ消極に入る秋にして」で、私は、やっとわが本心を表現しえたような夜をもったのです。


転職スタイル

いま経理への転職などを考えている人は、ぜひ社会人としての身だしなみについてもう一度考えて欲しいものです。


色はだれでも真っ先に目につきます。


極端に目立つ色はビジネスの場にふさわしくありません。


素材は天然のものが好まれるものです。


ウール・コットン・シルクを目的に応じて使い分けましょう。


ディテールを上手に利用することにより、さり気ない気のきいた演出が可能になります。


特にビジネスの場では、シンプルな身なりが好感を持たれます。


シンプルでエレガンスといわせる服装のコツは、模様と模様を競合させない点にあります。


紳士服を例にとって、背広・ワイシャツ・ネクタイの重要な3点について考えてみましょう。


模様のあるものは、どれか一点に限ること。


つまり、背広に模様があればワイシャツとネクタイは無地にします。


色についても背広・ワイシャツ・ネクタイがそれぞれ異った色では落ちつきがありません。


そうかといって全部が同じ色では締りがないでしょう。


ネクタイはアクセントであるという基本原則を忘れてはいけません。


夢を分析する

正常なアメリカ人の夢を統計的に分類すると、次の5つのカテゴリーに分かれるそうです。


・舞台


たいていの夢は本人に馴染みの場所が現われます。


ただし、20対1の割合で未知の場所の夢もあるそうです。


3分の1は自宅やフランスベッドの上です。


・人物


夢に出てくる人物にはほとんど常に本人が加わっています。


15パーセントは本人1人だけで、残り85パーセントは3人というのが、典型的な人物構成です。


家族が1番よく出てきます。


子供は親を、親は子供を、良人は妻を、妻はまた良人のことを、よく夢見ます。


面白いのは男性はしばしば男友達の夢を見ますが、女性は男と女を平等に夢見るということです。


それは男は女性に対するよりも男性との関係が不安定で葛藤を起こしやすいですが、女ではそのような関係がないからだ、とホール教授は説明しています。

「首里城下の女」

「ナビー、うまく仕止めてやった。


二度と墓から出られんようにしてやったが、寒気がする。なんだか体が冷えていくようじゃ。


さあ、早くお前のふっくらとした胸で私の体をあたためてくれ。なんだか恐ろしい心地がして手足がふるえるわい」


「お待ち下さりませ。いま酒をお持ちいたしまする。こんやから私も晴れて里之子の妻、なんでもお言いつけに従いまする」


情婦のナビーはよろこびをかくし切れません。


いそいそと酒の仕度をととのえます。


しかし、その盆を両手に持って部屋に戻って来たナビーは、あっ、と酒を取り落しました。


「あなた、うしろに」


「何」。


ふりむいて、嘉平川はぞっとしました。


妻の亡霊が鴨居から逆さにぶら下がっているのでした。


両足の甲から血を流し、口から泡を吹いています。


「嘉平川様、あなた、私の足を釘づけにしましたね。私、とうとう、こんな姿になってしまいました」


うらみごととははんたいに、血の泡を吹きながら口もとはニタニタわらっています。


「わっ」。


男と情婦は抱きあってふるえました。


男はまもなく狂死したと言われます。


いまの首里には都ホテルがそびえ、嘉平川の住居がどのあたりにあったのか、チルーの墓はどうなったのか、もはや探しようもない変りようです。

月は変らねど

沖縄ツアーに行きました。


ツアーで旅行というのは本当に気楽でいいものですね。


そのとき、少し怖い民話を聞きました。


あるところに嘉平川という男がいました。


彼にはチルーという美しい妻がいましたが、彼は病気になって働けなくなってしまいます。


そんな彼を献身的に看病する妻でしたが、陰湿で嫉妬深い夫は、自分が死んだあと妻が再婚するのではないかと気を病み、毎日毎日妻へひどい言葉を投げかけます。


それでノイローゼになってしまった妻は、とうとう自分の鼻を剃刀でそぎ落としてしまいました。


二人の運命はこれから逆転的展開をとげることになります。


嫉妬という醜い心の猿を追い出した嘉平川は日毎快方に向い、反対に妻のチルーが卑屈になります。


鼻のない骸骨のような女の口を吸う男はいません。


房事はとだえます。


とうぜんのことのように嘉平川は情婦をつくりました。


ナビーという寡婦です。


嘉平川の生活はすっかり先方へ移ってしまい、まるでこちらに寄りつかなくなります。


妻はついに首をくくりました。


残酷な言い方ではありますが、嘉平川の思いのままに事は運んだのです。


月の美しい夜でした。


嘉平川は情婦と手をたずさえて首里の西森を散歩していました。


おもわず歌心が湧きました。


「月や昔から変ること無さみ」


ちょっといい感じに出来たように思うのですが上の句だけです。


下の句を考えていると、松の木の上から女の声があとをつづけました。


「変ていくものや人の心」


「えっ」


妻の声です。


松の梢に白いものが立っています。


この夜をキッカケに妻の亡霊は毎夜現われて、二人の房事をのぞきます。


怒り心頭に発した嘉平川はついに墓をあばいて妻の両足を釘づけにしてしまいましたが、さすがに帰って来た顔は形相が変っていました。

テクノポリスの推進 8

テレポートは、テレトピアやテクノポリスなどの国家的な事業ではありません。


ですから、それらに特有の交通・流通・住宅といったものを中心にした地域開発とは異なり、まったく別の形が期待されているようです。


もともとテレポートは1980年代初頭に、ニューヨーク州とニュージャージー州の両港湾局とメリルリンチ社などが「ニューヨーク・テレポート構想」を発表したのが最初といわれていますが、それ以前から世界主要各国ですでに独自の検討が行われていました。


現在でも世界各国で模索中の段階ですが、わが国では東京・横浜・千葉・神戸・大阪・埼玉で、テレポート建設の計画が進んでいます。


これらは、いずれも進行中ですが、いくつかの共通点をみるならば、


1.いずれも大都市圏の周辺部にある大規模な開発地、特に比較的地価の安い埋立地にテレポート建設を予定している。


2.多くの電気通信事業や関連する情報処理事業を誘致して、総合的なハイテク情報基地を目指している。


・・・といったことがいえるでしょうか。

テクノポリスの推進 7

「テレポート」とは、テレコミュニケーション(電気通信)とポート(港)の合成語で、「高度情報通信処理基地」と訳されます。


一般的には、「通信衛星地球局と地域社会の高度情報通信ネットワークが組み込まれた地域開発プロジェクト」とされています。


特徴としては、衛星通信基地としての役割があげられるでしょう。


一般の市外中継局としての意義を考えてみると、それほどの価値がないようにみえますが、ここに民間通信衛星が導入され、各国のテレポートを結ぶネットワークが形成されるならば、利用範囲は一気に広がり、その意義は飛躍的に高くなります。


テレポートの場合「地域開発」ということが、やはり重要な目的のひとつになります。


テレポートという大々的な通信設備の投入により、情報通信・コンピュータなどの関連企業を集中的に誘致することによって、広域的な地域情報システムを創りあげようというものです。


また情報通信系の産業の特徴として「資源消費が少なく、公害発生の恐れがない」ことがあり、環境保全などの面からも望ましい事業と目されています。

テクノポリスの推進 6

このように産業と人間、そして自然環境が一体となってゆとりある生活ができるような街を造ろうという姿勢は、見習いたいものです。


海の玄関・那珂港を結ぶ「オーシャンコリドール」、また筑波学園都市から成田国際空港(空の玄関)を結ぶ「スカイコリドール」、さらに東京大都市圏をつなぐ「センターコリドール」など、一貫したコンセプトのもとに「街づくり」を行っているのです。


テクノポリスとは、「自然・人間・テクノロジー」が一体となったものです。


今日の大都市は、産業効率を重視しすぎたあまり、自然などの居住区としての環境に対する配慮が足らなかったのではないでしょうか。石塚孝一氏によると、今日表面化しているさまざまな環境破壊の問題も、元凶はそこにあるといえます。


ニューメディアは、あくまでも人間がそこに生活し、うるおいのある毎日をおくれるという大前提に立って発展していかねばなりません。